※島プロジェクト > 岡村島を『写真』と『紀行文』でご紹介!!

Shima Project残したい島の記憶』
This is Island Photograph Gallery & Report.

広島県と橋で繋がる
愛媛県のミカンと漁業の島。

今回、大崎下島を起点にしてメンバーそれぞれが違う場所を散策するという事で出発。大崎下島の久比で一人、大長でもう一人下ろした後、目的の岡村島に着いた。
岡村島は愛媛県の最北西端で、もともと大崎下島と橋で繋がっているが、2008年11月に豊島大橋が開通してからは、本土の広島県側から車で行けるようになった。古くから斎灘の交通の要所で空海や菅原道真などが立ち寄ったと伝わり、潮待ち港として栄え、村上水軍の観音崎城があった観音崎には1740年に灯明台が置かれている。

集落の端の駐車場に車を止めて散策を開始、海沿いを歩いてみることにした。ぶらぶらと海岸沿いを巡り、真ん中辺りでフェリー乗り場に着く。ここから今治をはじめ、隣の小大下島・大下島に繋がっているのだ。ちょうどフェリーが入港していて、乗船するお客さんの人だかりが出来ていた。そのまま進んで集落の端が近づくころ神社が見えた。ちょうど七五三のお参りをしている家族に遭遇。779年の創建と伝わる古社で、五穀豊穣を願う弓祈祷が2月11日には行われているという。
もう少し歩き、波止場に行ってみる。港の海側入り口にある灯台まで行け、何人かの釣り人が夢中になっていた。ここから港全体を眺めると、山の方に向かって集落が伸び、山にはミカン畑が広がっている瀬戸内の島らしい風景だ。

しばし休憩した後、今度は海岸沿いから集落の中を散策に入る。どこの島もそうだけどお年寄りが多い。でも、これもまたどこの島もそうだけど、そのお年寄りがみな元気に外を歩いているのにはほっとさせられる。すれ違う時には「こんにちは」と声をかけるようにしているが、かならず声が返ってくるのも嬉しい。この島も他の島に負けず劣らず路地は多い。それに至る所に井戸があり、使われているような様子がありありだ。

一軒の洋館風の建物に遭遇。使われていないようだけど、前面は何処かで見たような形・・・向かいの家でお仕事の作業中だったおじさんに聞いてみたら、以前は銭湯だったということ。昭和40年ごろまで隣の建物の散髪屋と一緒にやっていたそうで、その方が島を出る時に無くなったということだ。どうりで見たような左右対称の建築。残っていたらさぞかし風情のある景観だっただろう、残念。

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散策は進みだんだんと山に近づく。保育所を発見。砂場には砂で創った子供達の力作が残っていた。その後ろは学校らしき建物があり、校庭を巡りひとつの門から出る。「岡村小学校」とあり、ああ、小学校かと納得。それにしてもこの島にしては大きい。子供が多いのかと思考しつつ校庭沿いの道を歩いているともうひとつの門があり「関前中学校」とある。アレレ?・・・通りかかったおばさんに聞くと、ここは小学校と中学校が同じ建物で、1階が小学校2階が中学校。1997年に完成したとの事。なるほど。

そこからふたたび散策しつつ海岸線に向かう。路地好きを満足させる散策は続き海岸線に出ると、ついさっきお寺の下で会った亥の子祭り待機中の子供達に遭遇。町内めぐりが始まったようだ。港で昼食の弁当を食べ散策再開。流し歩きした港のある海岸線沿いを今度はゆっくりと巡る。そこかしこで島の人の立ち話ならぬ座り話が見られる。時折座って休憩を取りながら景色を眺めまた立ち上がり散策は進む。充実した時間は時計のままに進み、メンバーを車で迎えに行く時間が近づく。島を離れる時、他の島の時と同様に後ろ髪を引かれる想いに似た感情が頭をよぎった。

文/黒川寿明
参考資料/日本の島ガイド シマダス(財)日本離島センター、他
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所在地/愛媛県今治市関前岡村
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