似島 〜安芸の小富士が抱く島
今回は近場の島ということで宇品港集合。待ち合わせの旅客ターミナル目前に似島は見える。島の目印とも言える安芸小富士は標高278mの山。海上に浮かぶ姿が富士山のようで安芸の小富士、似ていることから似島と呼ばれたとも伝わる。かつてこの山が一番美しく見えたであろう場所に富士見町(広島市中区)という町名が残っている。町名の元となった富士見橋が存在した頃から時が経ち、湾内埋め立てが進んだ現在では、山頂部がビルの間から辛うじて見えるくらいだ。
広島宇品港からフェリーで20分。似島は安芸小富士や下高山への登山客、豊富な海の幸を狙う釣り客、サイクリング客。キャンプに貝掘り、夏場は海水浴客と自然に集い季節を楽しむことに不自由しない島だ。フェリーの客室には様々な思の人たちが乗り合わせていることだろう。徐々に離れてゆく陸地を眺め船上の人となり、これから向う島を思う。海を渡るこの時間で心がいっそう穏やかになってゆくような気がする。船窓から砂利船が大きく見える。似島港着岸が近い。

桟橋では猫のお出迎え。次々と寄ってくる人たちの対応には慣れきった様子だ。出迎えや乗下船客の賑わいも静まる頃、集落をまわる二人と別れて一人山頂を目指す。港から登山口へは集落を縫って進むことになるが、立派なつくりの標識通りに進めば迷う事はない。稜線に出るまでは竹やぶの薄暗さ、急登・傷んだ道も我慢。主稜線に出れば途中花崗岩砂礫で滑りやすい場所があるものの道はおおむね良好。眺望の良い場所が何カ所もあり、少し歩いては振り返りカメラを取り出して撮る。青空の下、春の日差しを浴びて輝くミモザの花が多く見られた。
山頂からは東西南北すべてを見渡すことができる。住み慣れた広島市街を見下ろす景色はいつもと違った印象で爽快だ。穏やかな海に浮かんだカキ筏の間に延びる航跡が美しい。眺望をひととおり撮ったあと、二等三角点の脇で遅めの昼食。下山は稜線を戻り、似島学園コースの分岐をやり過ごし、展望台コースで島の東側大黄(だいおう)を目指す。道はなだらかで歩きやすく、主稜線まで登るならこのコースがおすすめだ。展望台を経て少年自然の家の敷地を抜ければ、平和の散歩路と呼ばれる似島学園から大黄港を経て慰霊碑までをつなぐ海沿いの道へ出る。似島学園は戦前から陸軍検疫所があった場所。被爆後は臨時の病院となり、多くの被爆者が搬送されてきたという。慰霊碑は搬送後手当の甲斐なく亡くなられた方々のためのもの。二つをつなぐ道を辿ることで戦争について考える。そんな思いを込め平和の散歩路と名付けられたそうだ。

大黄港の防波堤のあちこちに、たこ壷が置かれていた。それは認識している素焼きのものではなく合成樹脂製。昔ガラス製だったウキも現在では合成樹脂製が当たり前なのだから当然の成り行きか。木製漁船がそれを用いた複合素材、天然繊維の漁網は合成繊維に置き換わっているが、便利で丈夫になったその姿に趣はなかなか感じられない。島の漁業はカキ養殖、底引き・刺し網漁に一本釣り、冬場はナマコ漁が行われていて、ナマコは安芸の小富士から”こふじナマコ”と呼ばれている。慰霊碑まで行き山沿いの小道で小学校裏まで戻る。ここから似島峠を越えれば似島港、家下(やじた)の集落である。
細い路地は島外から訪れる者にとってはさながら迷路だ。人ひとりがやっと通れるような路地は、譲り合いの心遣いが不可欠。通学路と思われる道沿いのいたるところに、手作りの標語看板が掛けられていた。それぞれがクジラやタコ、サカナと海の生物のシルエットになっていてかわいらしい。その他に『この辺りには猫が多いので・・・』とドライバーに猫への注意を促す看板もあり、微笑ましい気持ちにさせられた。バスもタクシーも走らず信号の無いこの島の交通ルールは、こういった島民たちの思いやりで成り立っているのだろう。
文/ナワタミツル
参考資料/ガイドマップinにのしま、他

所在地/広島県広島市南区似島町
交通情報や観光情報などは、
『広島市観光課』『南区役所 似島出張所』へお問い合わせください。
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