※島プロジェクト > 斎島(いつきしま)を『写真』と『紀行文』でご紹介!!

Shima Project残したい島の記憶』
This is Island Photograph Gallery & Report.

神が宿る島と言われた。
かつてのアビ漁の島

どうしても一度は訪れたかった島。現在では中継点の豊島が蒲刈島を経由して本土と繋がっているが、この2005年に自分が巡った時はまだ繋がって無く、呉の仁方港からまず豊島の豊島港へ高速艇で渡り、そこからさらに別の高速艇で行く手順を踏んだ。それでも朝一番に仁方を出たので、8時頃には島に着いていたと思う。周囲約4.3kmの小さな島で、古くから神霊の宿る島として崇められていたらしい。斎内親王から幣料を賜ったという故事から名付けられたという説も。江戸時代頃から冬場渡来する渡り鳥のアビを利用したあび漁が行われ、最盛期には近隣の斎灘で50艘が操業していたという。昭和初期には船員も多く輩出し戦後は一時人口380人近く数えていたらしい。現在では人口22人前後の漁業中心の静かな島だ。着いてすぐ、若い(?)者が来たのが珍しかったのか、杖をついたおじいちゃんが一人近づいて来てニコニコと「何しに来たんかい?」と。「写真撮りに来ました」と応えると、良い所を教えるから来いと、満開の1本の桜を教えていただく。そんなに古くないが良い形。ご本人のお気に入り? お礼を言うとしばらく話してから帰っていかれた。

次に蛭児神社へ。資料によると寛永20年建立、社殿は年月をかけ釘を使わず建立したとのこと。神社の背後には島名由来の斎内親王の社がひっそりと。遊歩道を歩いて島の裏側、真名板海岸に出ると四国まで何も無いので見渡す限り海が続く。潮が引くと沖に真名板のような岩場が現れるとか。再び集落に戻り中を巡る、おじいちゃんの言っていた通り、空き家が多い。ただ、瀬戸内海の島の風情が残っていてノスタルジーを感じるので個人的には心地よい。本当に静かな島で、入り江の端にいると、反対の端にいる人達の話し声が聞こえるぐらい。ひと休みしていると向こうから別のおじいちゃんがテクテクと歩いて来ると座って話しかけて来た。「写真撮りに来たんじゃってのぉ」。あらら〜もう島中の噂ですか・・・。顔に年輪が刻まれ愛嬌がある。タバコを取り出し、昔の若かった漁師時代の頃の話しをはじめる。ここには書けないが、とても興味深い話で1時間以上も話し込む。昼食後もウロウロ。海沿いの花壇で最初のおじいちゃんと再会、おばあちゃんが一緒だが夫婦ではないようだ。ここでもしばらくお話。この花はおばあちゃんが植えたとのこと。

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朝の船で豊島に行って花や野菜の種を買い、戻って来て植え育てるのが楽しみだそうだ。そういえば他に何人かお会いしたが、みな良いお顔。何人かは写真を撮らせていただいた。ここで帰りの高速艇の時間が来る。まだ日は高いが乗り継ぎ時間があるので仕方が無く、名残惜しいが帰る事に。高速艇に乗る時に切符を切っているおじさんが気になったが時間が来て出航。後ろ髪を引かれ遠くなっていく島をずっと見ていた。数週間後、なんと民放の番組「人生の楽園」に、斎島が舞台となって放送された。あの切符を切っているおじさんが主人公。おじさんはご夫婦で島へ移住された方だったのだ。見ていてちょっとだけ羨ましかった。

文/黒川寿明 
参考資料/日本の島ガイド シマダス(財)日本離島センター、他

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所在地/広島県呉市豊浜町大字斎島
交通情報や観光情報などは、
まずは『呉市役所』か『豊浜町』へお問い合わせください。