※島プロジェクト > 因島を『写真』と『紀行文』でご紹介!!

Shima Project残したい島の記憶』
This is Island Photograph Gallery & Report.

村上水軍の本拠地だった
造船とミカンの島  

因島は瀬戸内海のほぼ中央に位置する島で、言い伝えによると神功皇后の乗った船が立ち寄った際、島から多くの犬が吠えて困ったので「犬の島」と名づけ、なまって「インの島」になったとか、平安期に陰領だったことから「陰の島」が「因の島」になったなど諸説あるらしい。戦国時代には村上水軍の本拠地として知られ、碁聖・本因坊秀作の出身地としても有名。現在では造船とミカンの島として知られ、昭和58年の因島大橋で向島を経て本土と繋がり、さらには平成11年にしまなみ海道全通によって四国とも繋がり、2006年1月には尾道市と合併した。

尾道市の因島支所近くで車を降り他のメンバーと別れた後、海岸線をブラブラと散策しながら土生港方面に向かった。これまで訪れたどの島よりも街が大きく、最初のうちは島を歩いている感じがしなかった。途中の交差点を山側に曲がり少し歩くと少し高台に大山神社が見えた。階段を上がって境内を散策して裏側から下り、ふたたび海岸沿いに戻ってから土生の中心部を目指す事にする。対岸に小さな島があり地図で鶴島とある。その横に大きな島が見えるのは生名島だ。対岸の生名島まではほんの少し、海ではなく川を隔てているといっても良いかもしれない。さすがにこれまでの島と違い人口が多いため、年齢層はお年寄りよりも中年層の方が多く感じる、子供も少なくはない。それに造船所で働いているのかもしれないが、アジア系の人たちも姿を良く見る。海岸線はとにかく普通の街と同じで島に来た事を感じさせたのは土生港に着いた時ぐらいだった。このあたりから船も増え、長崎桟橋辺りまでの間はやっぱり島だなと感じさせる景色だった。

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そこを過ぎてしばらく行った辺りから街の中に入っていく。雰囲気がガラリと変わり、島の風景がようやく少しずつ顔を出して来た。両脇に所々商店が並び、かつてのメインストリートはこっちだったのだろうと思う。しばらくすると道がレンガ造りになり、上には街灯などもついて商店街なのだと分かる。道幅は少し狭いが島の商店街らしい景色だ。時折開いている店もあるがシャッターの降りている物も多い。ここで野良猫発見。野良と遊んであげていたおばあさんとお話も出来た。以前は店もたくさんあってにぎやかだったと言われ、「いまはずいぶん減っ
たねぇ」と話された。道をひとつ海側に移り歩いているとお好み焼き屋を発見。お腹がすいたので少し遅い昼食をとる事にした。このお好み屋のお好み焼きが、まさに自分の理想的なお好み焼きで、真ん丸で上からしっかり押さえてあるので、へらで切って食べる時、まさに四角く切った形のままのお好み焼きがそのまま口に入るのだ。満足して店を出ると前は本屋だった。そういえばここまでの散策中至る所に本屋が合ったのを思い出した。これもまた今まで訪れた島にくらべて珍しい点だ、やはり町が大きいからだろうか。

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さてその後、あまりに範囲の広いこの土生をどう巡るか考えた末、とにかく行き当たりばったりに路地を巡る事にする。角に来たら気の向くままに右に左にと曲がってみる事にした。すると思いのほか意外な物や景色に出会う事が出来た。残念ながら野良猫にはあまり出会う事が手出来なかったが、野良よけのペットボトルが良く置いてあったので野良たちは居る事は居るのだろう。あまりに普通の町並みで、車で島中を巡っている他の2人のメンバーが少しうらやましかったが、ピンポイントで見れば至る所にかつての島の街の面影は残っているようだ。夕方になりメンバーと合流した後、街の後ろにそびえる山の上の因島公園にある展望台で夕日が沈むまで景色を堪能した。ここからは今まで訪れた岩城島・生口島・伯方島・弓削島・佐島・が一望に望める。
その中にはリベンジでもう一度訪れたい島もある。いつかまたあそこに・・・の思いをいだきながら沈み行く太陽を眺め、夜の闇に包まれた因島を後にした。

文/黒川寿明

参考資料/日本の島ガイド シマダス(財)日本離島センター、他

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所在地/広島県尾道市因島

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